長野大の大野晃教授が提唱した“限界集落”とは、「65歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ農業用水や生活道の維持管理などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落」。
その団地版が“限界団地”。この限界団地の現状と今後の対策などを特集した記事が日本経済新聞に掲載された。
・住民の約3割が65歳以上の松戸市“常盤平団地”。2001年に死後3年が経過した孤独死が発見され、対策に動き出した。自治会では安否確認のため新聞販売店と連携や見回りをし、高齢者向けのサロンも開設。最近は安全・安心な団地として人気が出ているとのこと。
・古くなってきた団地では建て替えによる再生の取り組みもあるが、東久留米市の“滝山団地(築39年)”では、あえて建て替えではなく大事に使う道を選んだ。
・滝山団地では、芝生をきれいに刈り揃え、防水や外壁の工事で手入れを行き届かせる。中古価格が600〜800万円と手ごろなため、借りるより安いと新婚夫婦などの若者が入居することも多い。このように団地の価値を高めれば、若者も呼び込め、好循環につながっていく。
先日ご相談頂いた方との話の中で、マンションって将来どうなるんでしょうか?というものがあった。
どうなるんでしょうか?という問いかけには二つの意味合いがある。ひとつは“いつまで使えるのか”という構造的なこと、もうひとつは“どのような状況になるのか”という利用的なこと。
構造的なことは建築の専門家ではないので一般的な見解しか答えられないが、構造耐久性としては60年前後は持つと思っている。ただし、主要構造部であるスケルトン部分はそうであっても、インフィル部分の内部は現代生活に適応できるかどうか未知数。
マンションの歴史が浅いため、どのような状況になっているのかというのは、昭和30年代に建築され始めた“団地”を参考にするしかない。
今回の記事で、滝山団地のように住民意識が高く、価値を高める努力を惜しまなければ、長く快適に暮らしていることが可能であるという明るい兆しも見えてきた。価値が高まり生活できることが分かれば、それは資産価値としてもある程度は維持される。
しかし、理想的な成功例の影には、手間暇を惜しまない熱意がある人や管理会社などの努力があるはず。このような人がどれだけいるのか、購入する時に判断するのに限界はあるが、現地で管理状況や住民意識を細かいところからたくさん感じて欲しい。これがマンション選びの肝。
私自身も高度成長期の団地の一部屋を所有している。その部屋には父親が住んでいる。先日、テレビ配線を行うため、久しぶりに訪れたら、外壁が塗り替えられ、階段もコンクリート剥き出しからタイル張り?のように改修され、玄関も鉄の重たいものから現代風の新しいもの?に取り替えられていた。
この状況を見た時、不動産屋の目として、まだまだ長く使えそうだなと感じることができた。そこには団地という言葉から抱く一般的なイメージである暗さは感じず、明るくほのぼのとしたもの。
遠くなった“昭和”の哀愁を懐かしみ、団地の写真集出版やサイト公開など、団地ブームというものがあるそうだが、なんとなく分かるような気がした。
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